パンドラの鐘

お芝居を見るとき、心はなるべく自由にして、気持ちのまま感じるままにしておきたい。

思いもよらない場所に行き着く時もあるし、そんな気持ちになった自分に驚くのも好き。


そもそも正解はなくて、行き着く先が自分そのものだし、何とでも思える自由を持っている私たち。


野田さんのお芝居を見ると、日本語を喋り日本に暮らし、良くも悪くもそこに生きる自分を思う。

結論は出ないけれど、今日パンドラの鐘を観て、埋もれた歴史や文化の先にある、今の私たちの暮らしを、最後に開いた扉の向こうで、何気なく通り過ぎる自転車や車や、街のざわめきを聞いた時にすごく感じた。

昔見た勘三郎さんのお芝居の時に同じように開いた扉を思い出したし、ああ、こうして時は過ぎていくし、今も私は生きてるなと思った。

幸せとか憂いとかなく、ただただ存在する自分を思う。不思議だった。


思い浮かんだ言葉。


戦争とか原爆とか

野田さんのルーツ

王政

クーデター

歴史と今

憂国

平和

犠牲

仕事 

責任